2013年3月8日に2枚の壁画が完成しました

≪オーヴェルニュの子守唄≫ 分娩室、新生児室への廊下の壁
≪鳥の歌≫ NICUへの廊下の壁
壁画制作過程(第2日目)
壁画制作過程(第3日目)
壁画制作過程(第4日目)
完成後、山本容子氏と記念撮影・NICU医師
完成後、山本容子氏と記念撮影・NICU看護師
完成後、山本容子氏と記念撮影・産科医師、助産師、病院職員

 

元病院教授 樋口 隆造

和歌山県立医科大学附属病院6階西病棟の総合周産期母子医療センターに2枚の壁画を版画家山本容子氏に描いていただきました。山本容子氏は、2013年3月3日に来和され、3月4日から壁に向かって制作し、3月8日に完成した壁画を前に午後5時半から山本容子氏を囲み、医師、看護師、助産師、その他の職員と共に記念撮影しました。1枚は、分娩室と新生児室に向かう廊下の壁にフランス中山岳地帯の民謡「オーヴェルニュの子守唄」を題材にした母子の絵、もう1枚はNICU入口手洗い場の壁にカタルニア地方民謡「鳥の歌」を題材にした天使と鳩の絵です。どちらも黄色やオレンジ色を基調にした、音楽が流れてくる暖かい絵です。総合周産期母子医療センターに入院された婦人や新生児、その家族の皆さんに楽しんでいただければ幸いです。(2013年3月20日)

山本容子氏の作品については、和歌山県立近代美術館に収蔵されており、企画展やコレクション展でご覧いただくことができます。展示に関する最新情報は、和歌山県立近代美術館(073-436-8690)へ直接お問い合わせください。

《鳥の歌》 

人はいつか鳥に変わる身体を離れて

目に見えない翼拡げ
星空を飛ぶよ
生きる痛みから解き放たれ
魂が舞うよ

鳥はいつか天の国へ
誘われていく

透き通った光浴びて
罪は洗われる
救い主の手に羽を休め
鳥はさえずるよ

《オーヴェルニュの子守歌》 

ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、おいで、
ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、さあ
ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、おいで、
ねむけよ、ねむけよ、おいで、どこからでも!
ねむけはきたがらない、横着者
ねむけは、ねむけはきたがらない
坊やは眠れない、ああ!

ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、おいで、
ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、さあ
ねむけよ、ねむけはきたがらない
赤ん坊は眠たがらない
ねむけよ、ねむけよ、おいで、おいで、おいで、
ねむけよ、ねむけよ、坊やのところへおいで!

ねむけよ、ねむけよ、おいで…
とうとうやってきたみたい、横着者が
とうとうやってきたみたい、
やっと坊やは眠たくなった…ああ!…

壁画の発端

そもそもは新生児集中治療施設(NICU)が慢性的に満床となり、県内の他の分娩施設から依頼される新生児や母体の搬送を引き受けられない事態になるのを打開するためにNICUの回復床とも言うべきGrowing Care Units(GCU)を増床する計画を実現するために平成22年に地域医療再生基金の交付を受けたことがきっかけでした。急に入院することになった妊婦や新生児やその家族、急性期の治療を終えた新生児と共に家庭に帰るにあたって心配事の多い両親、そのような皆さんの揺れ動く気持ちが和らぐ環境作りの一環として白い病院の壁を暖かい絵に変えられないかと壁画を思い立ちました。白い壁ではないにしても、我がままさの少し目立つ寄贈の絵で埋め尽くされた乱雑な病院ロビーのそれと同じではいけないと思いましたが、どなたに依頼して良いやら見当が立ちませんでした。版画ではありますが柔らかいタッチで可笑し味があり、その上に静けさを感じさせる山本容子氏の作品が浮かびました。周産期センターだからfeminineなモノが良いという産科・婦人科医師の希望にも合います。平成22年9月に山本氏に連絡を取り、病院の壁に直接、絵を描いて下さることは可能かをお伺いしたところ、ホテルの壁、博物館のステンドグラス、地下街の壁などにパブリックアートをいくつか手がけた経験があり、2つの大病院の病室に絵を描くいう試みも経験しているので、可能である旨のお返事をいただきました。

 

公的病院でホスピタルアートの実現は、困難?

総合周産期母子医療センターは和歌山県に一か所しかないのでGCUを10床増床する工事を日常業務を中断せずに完了するという困難な事業を成し遂げるために病院事務方、設計事務所と綿密に協議しました。さらに、GCU増床工事の中のプロジェクトのひとつとして壁画を周産期センター内に設置するために山本容子事務所と協議しました。平成23年4月に山本容子氏とそのマネージャー青木裕氏が来和され、周産期センターを実際に見て頂いて、壁画を描く場所と描く壁の材質と色調、版画を設置する場所と方法などを検討していただきました。その後、山本容子氏は5月には北欧に飛び立ち、ホスピタルアートの先進国スウェーデンを中心に旅をし、病院を巡って病院で実際にアートが活躍している現場を見学し、ご自身も放射線治療室に小さな作品を設置してきました。その模様はNHK BSプレミアムで平成23年7月26日午後9時から1時間放映されました。その成果を踏まえて山本事務所に設計事務所、工事担当者、病院事務方の協議に加わって頂き、周産期センターの壁を壁画用に改修する計画をGCU増床工事に盛り込みました。問題は壁に絵を描いていただく予算。GCU10床の増床に要する病院の建物の改修に予算を費やしてしまい、10床増床分に必要な医療機器の予算は極めて不足し、壁画を描く予算は捻出できません。加えて、病院事務方は50万円以上の備品は入札となる仕組みを外せないと言います。壁画を描くアーティストを入札で決めろということになります。建設費の1%はアートに充てるという北欧の話がうらやましくなります。予算はないし、入札はできないし、行き詰ってしまいました。

 

先行するGCU増床工事

絵を描く予算は捻出できないまま、平成23年12月に改修工事は始まり、平成24年4月には終了し、計画通り壁画用のベージュ色の漆喰壁も二か所完成しました。4月には看護師の増員がありましたが10床すべてを稼働するには不足し、医療機器も十分に整備できなかったので5月には増床工事したGCU10床のうち4床が新たに稼働を始めました。NICUが9床のまま、GCUが8床から12床、計21床となりました。壁画用の漆喰はベージュ色に塗られましたが、ベージュ色のまま絵が描かれることは叶いませんでした。行き詰まりを打開するために病院長会議に報告しても「議決が必要です」「予算がありません」という返事を頂くことは『No』と同じであることを何度も実感させられてきましたから、今回の壁画も叶わないのかなと思いました。自らの説得力のなさに嫌気がさします。ひとつ良いことは、病院の出費がゼロであれば壁に描画することを病院当局に了解していただけたことです。また、病院事務方の中には周産期センターに壁画を描くことの意義を理解する人が少なからずいる雰囲気が伝わってきました。そのような環境下でないと実現はできないだろうと判断しました。あとは寄付に依るしかありませんでした。描画用の漆喰壁は完成から約1年が経ち、手指で汚れたり、泥の靴跡付着していたり、改修が必要になりましたがその費用も病院からは出ませんでした。壁画が描かれた後にはこのような汚れが付着することのないようお願いしたい。

 

周産期センターに、ちょっとしたアメニティがあればいいな

「赤ん坊のおてて、マシュマロみたい」と表現したNICU卒業生がいます。私たち周産期センターでケアを提供する側が私たちと両親のアメニティを実現し、マシュマロのような手と気持ちで新生児とその両親に対応したいと思っています。そのためには色彩と形とタッチでもって対応することが得意な人たちが静かに発揮するアートの力も借りることができればありがたい。とはいえ、病院の壁に描かれた花や動物の絵、アニメのキャラクターの絵などステレオタイプな画像に喜び、落ち着きを見出すことは少ない。金額に換算しがたく、入札では実現しないことかもしれませんが、私たちがより工夫すれば実現不可能ではないと思います。